太田光について
サンデージャポンついでに太田光について。
太田光、好きなんだよね。
頭でっかちな学者や政治家に無邪気にかみつく様が良かった。
昔は珍しい存在だったしね(今も珍しいか)。
そしてその指摘が笑い飛ばせるものではないことが多くて。
専門用語を並べて逃げようとする識者に、彼の言いたいことはこういうことではないでしょうか、と他の識者から助け船が出ることもあったり。
(誤魔化して終わるんじゃなくて討論の議題として成立する内容ではないか、ということ)
専門知識が無くとも矛盾に感じたことを率直に質問する姿が良かったね。
そんな光り輝いていた太田も随分と濁って見える。
しばらく前から的外れな発言が多い。
論点とは違う自分の言いたいことを言ってみたりする。
思い返せば太田総理の頃からだろうか。
オリパラの音楽担当の話でも酷いコメントだらけだった。
このまま批判ばかりが盛り上がり、小山田圭吾の何もかもダメとして創作もさせないくらいに世間的に抹殺されるようなことがあってはいけない。
みたいなことを言いたかったと思うんだけど、
誰もそんな話はしてないし、それはオリパラの問題とは別で。
その後にあるかもしれない問題だから、なぜ突然言い出したのか。
他の発言も全部突っ込んでも良いけどこれが一番まともな発言だったんじゃないかな。
当時の文化だか雰囲気だかって話は吉田豪のまねをしようとして間違ったんだろうし。
吉田豪は、インタビューが雑誌に載る要因の一つとして当時の雰囲気があったのではないか、という分析をしたのであって、いじめを容認する風潮だったとは言ってない。
一体どうしてしまったんだろう。
何か弱みを握られて無理やりしゃべらされているんだろうか。
光代さんがカメラのこちら側でナイフでも突きつけられているのか。
脳に病気でもあるのか。
知識ではなく文脈を間違えたまま突っ走る、途中で笑いに変換することもない(ということは本気なんだろうな)。
隣の田中は居るだけ、何もしない、まあここは期待しても仕方ない。
そろそろ引退でも俺は構わない。
もう見るのが辛い。
せめてサンジャポなどのワイドショーの仕事を控えてはどうか。
それでもまだ好きだぞ太田。
追記(8月9日)
7月20日のラジオでサンジャポでの発言について弁明していた。
サンジャポを見直してもらえばわかると思うんだけど、いじめを容認していた時代だったんじゃないか、とは言っていない、とのこと。
どれどれと見直してみると確かに言っていない。
その後の発言も破綻していない、ただ太田の発言だけを聞いた場合に限りね。
いじめを容認していた時代だったと言ったのではなく、いじめの記事を載せた雑誌が容認されていた時代だったと言いたかったとのこと。
でもあのとき、記事が容認されていたかどうかなんて誰も論じてない。
太田の発言の前も後も小山田圭吾がオリパラ音楽担当に相応しいかどうかを論じていた。
もしかしたら言葉足らずで誤解を与えてしまったのかもしれない、とか言ってたけど、主張通りなら「日本語の会話を太田が間違えた」ということになると思う。
その後は、
いじめを容認していた時代だったと言ったのではなく、いじめの記事を載せた雑誌が容認されていた時代だったと言いたかった。
司法でも警察でもない人が徹底的に追い込むのはよくない。
報道はなぜキチンと取材して検証しないのか。
というような内容を何度も同じことを繰り返す、それが1時間20分。
その辺、誰も論じてないでしょ。
ちなみに主張のほとんどは賛成できること。
でもそういうことじゃないんだよな、太田はサンジャポ見直したんだろうか。
発言の流れが間違ってた、ただ内容は間違ってたとは思わない、というだけのことだと思うんだけどね。
それをうだうだうだうだ。
最初ラジオを聞いたときはムカついた。
論点をずらしてるし話が進むうちに矛盾してくる。
全部書き起こして赤ペンで直してやろうか、と思うくらい。
でも3回も聞くと何か悲しくなってくる。
哀れな老人というか。
なんて醜くて知性の欠けた放送だろう。
周りに言ってくれる人も居ないんだろうな。
それでもバラエティで見る太田光は好きなんだよね。
過去の思い出も乗っかって今の好きになってるから。
太田光、好きなんだよね。
頭でっかちな学者や政治家に無邪気にかみつく様が良かった。
昔は珍しい存在だったしね(今も珍しいか)。
そしてその指摘が笑い飛ばせるものではないことが多くて。
専門用語を並べて逃げようとする識者に、彼の言いたいことはこういうことではないでしょうか、と他の識者から助け船が出ることもあったり。
(誤魔化して終わるんじゃなくて討論の議題として成立する内容ではないか、ということ)
専門知識が無くとも矛盾に感じたことを率直に質問する姿が良かったね。
そんな光り輝いていた太田も随分と濁って見える。
しばらく前から的外れな発言が多い。
論点とは違う自分の言いたいことを言ってみたりする。
思い返せば太田総理の頃からだろうか。
オリパラの音楽担当の話でも酷いコメントだらけだった。
このまま批判ばかりが盛り上がり、小山田圭吾の何もかもダメとして創作もさせないくらいに世間的に抹殺されるようなことがあってはいけない。
みたいなことを言いたかったと思うんだけど、
誰もそんな話はしてないし、それはオリパラの問題とは別で。
その後にあるかもしれない問題だから、なぜ突然言い出したのか。
他の発言も全部突っ込んでも良いけどこれが一番まともな発言だったんじゃないかな。
当時の文化だか雰囲気だかって話は吉田豪のまねをしようとして間違ったんだろうし。
吉田豪は、インタビューが雑誌に載る要因の一つとして当時の雰囲気があったのではないか、という分析をしたのであって、いじめを容認する風潮だったとは言ってない。
一体どうしてしまったんだろう。
何か弱みを握られて無理やりしゃべらされているんだろうか。
光代さんがカメラのこちら側でナイフでも突きつけられているのか。
脳に病気でもあるのか。
知識ではなく文脈を間違えたまま突っ走る、途中で笑いに変換することもない(ということは本気なんだろうな)。
隣の田中は居るだけ、何もしない、まあここは期待しても仕方ない。
そろそろ引退でも俺は構わない。
もう見るのが辛い。
せめてサンジャポなどのワイドショーの仕事を控えてはどうか。
それでもまだ好きだぞ太田。
追記(8月9日)
7月20日のラジオでサンジャポでの発言について弁明していた。
サンジャポを見直してもらえばわかると思うんだけど、いじめを容認していた時代だったんじゃないか、とは言っていない、とのこと。
どれどれと見直してみると確かに言っていない。
その後の発言も破綻していない、ただ太田の発言だけを聞いた場合に限りね。
いじめを容認していた時代だったと言ったのではなく、いじめの記事を載せた雑誌が容認されていた時代だったと言いたかったとのこと。
でもあのとき、記事が容認されていたかどうかなんて誰も論じてない。
太田の発言の前も後も小山田圭吾がオリパラ音楽担当に相応しいかどうかを論じていた。
もしかしたら言葉足らずで誤解を与えてしまったのかもしれない、とか言ってたけど、主張通りなら「日本語の会話を太田が間違えた」ということになると思う。
その後は、
いじめを容認していた時代だったと言ったのではなく、いじめの記事を載せた雑誌が容認されていた時代だったと言いたかった。
司法でも警察でもない人が徹底的に追い込むのはよくない。
報道はなぜキチンと取材して検証しないのか。
というような内容を何度も同じことを繰り返す、それが1時間20分。
その辺、誰も論じてないでしょ。
ちなみに主張のほとんどは賛成できること。
でもそういうことじゃないんだよな、太田はサンジャポ見直したんだろうか。
発言の流れが間違ってた、ただ内容は間違ってたとは思わない、というだけのことだと思うんだけどね。
それをうだうだうだうだ。
最初ラジオを聞いたときはムカついた。
論点をずらしてるし話が進むうちに矛盾してくる。
全部書き起こして赤ペンで直してやろうか、と思うくらい。
でも3回も聞くと何か悲しくなってくる。
哀れな老人というか。
なんて醜くて知性の欠けた放送だろう。
周りに言ってくれる人も居ないんだろうな。
それでもバラエティで見る太田光は好きなんだよね。
過去の思い出も乗っかって今の好きになってるから。
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